2021-01-01から1年間の記事一覧

小説の書き方を忘れてしまった。 #2

「そうだなあ」 彼は苦笑いしながら言葉を探していた。それが数秒か数十秒か、具体的な時間の長さはわからないけれどとにかくかなりの時間を要した。しかし僕は彼を急かそうとは思わなかった。何かができないということを、それができる人に説明するのは、ひ…

小説の書き方を忘れてしまった。 #1

小説の書き方を忘れてしまったので、小説を書くことができなくなってしまった。先月の月末に、大小含め三つの文学賞の締切があり、僕はそれに向けて執筆と推敲の日々を送った。そして締切が音もなく通り去ると、僕は頭をガツンと殴られたように小説の書き方…

極北

具体的個物を見て抽象的概念を考える。これだけを書かれるとなんだか小難しそうな感じがして、つい「漢字が多いな」くらいの感想に落ち着いていまいそうになる。しかし誰だって多かれ少なかれやっていることではないか。路側帯に落ちているプラスチックカッ…

夕焼け空

死んだ人間と散歩をするというのはひどく奇妙なものだ。その相手がまさに自分の手で殺された人となればなおさらである。 五年前、僕はこの散歩道を彼女と歩き、磯辺で彼女を殺し、帰路をひとりで歩いた。そして今、僕は同じ道を再び彼女と歩いている。 彼女…

数学者のようにカップ焼きそばを作る方法

まず, あなたが現在利用可能なカップ焼きそば全体の集合が空ではないこと, あなたが以下の指示によって要求される操作を十分に行えること, 以下の指示によって要求される道具と材料が十分に利用可能であること, を仮定する. 仮定より, 利用可能なカップ焼き…

郵便飛行機

外に出ると、そこには黄金の景色が広がっていた。黄色い菜の花が地面を埋め尽くす勢いで無造作に並んでいる。かすかな土の匂いが漂っている。濃縮された生命の活力が花粉のように広がって空間を包んでいる。開けた青空には郵便飛行機が飛び交っている。手紙…

ピロートーク

彼女が僕に何を求めていたのか。それを知ることは今となってはとても難しい。 「もしも、もっと近くにいたら、考えてくれてた?」と彼女は尋ねた。 「さあ」と僕は答えた。 それは実にひどい答えだったと思う。でもそのとき僕は本当にわからなかったのだ。僕…

仏壇のセール

近所の仏壇店がセールをしていた。仏壇のセール、という言葉の響きがどうにもおかしく感じられて、僕は信号待ちの間道路沿いのショーケースを眺めた。仏壇に値段がついて、それがさらに割引されている。しかし仏壇の価値ってなんだ? それは果てしない問いの…

十万人の兵士

マニラで目にした乞食のことを思い出した。それはある個人というよりは、一つの家族だった。乞食一家は交差点の三角地帯にブルーシートを敷いて住処としていた。ビジュアルさえ適当に整えてしまえばシュールレアリスティックなピクニックに見えなくもなさそ…

林檎と蝶

ブログを書くことにした。理由は二つある。一つには、悪い文章、あるいは(より自負を持って)良くない文章を書くことに慣れるためである。 文章を書こうとすればどうしてもいきなり良い文章を書こうとしてしまう。これが人間一般に当てはまることなのかわか…