夕焼け空

 死んだ人間と散歩をするというのはひどく奇妙なものだ。その相手がまさに自分の手で殺された人となればなおさらである。

 五年前、僕はこの散歩道を彼女と歩き、磯辺で彼女を殺し、帰路をひとりで歩いた。そして今、僕は同じ道を再び彼女と歩いている。

 彼女は沈黙を貫いた。一言も発さず、目さえ合わせなかった。そうと来ればお手上げである。僕から彼女に声をかけることはできない。これは物理的制約や社会的規範よりも高い次元における不可能性である。喩えるなら、クマバチが空を飛ぶような不可能性である。

 彼女は何を考えているのだろうか。僕には見当もつかなかった。彼女はあの日と同じ茜色のワンピースをつけていた。

 「あなたは私を愛していた?」
 僕と彼女は斜陽に照らされる波打ち際に並んで座っていた。
 「おそらく」
 「おそらく?」
 「つまり、人間の記憶っていうのは――」
 「そういうことじゃないの。わかるでしょ? ちゃんと私の目を見て」
 僕は彼女の目を見ようとしたけれど、そこには彼女の目ではなく僕自身が佇んでいた。理由はわからない。しかし僕が彼女の目だと想定していた場所には、確かに僕自身が存在していた。それで、僕は僕自身を見つめながら、彼女の声を聴くことになった。
 「あの日、あなたは私を愛していた?」

 永遠のような時間が流れて、どうやら僕は頷いたようだった。ようだった、と僕が言うのは、永遠の時間をかけて頷くということが果たしてどのような類のものなのか僕にはいまいち理解できないからだ。でもそれは確かに永遠に感じられたし、僕は確かに頷いた。

 「じゃあ証明して?」と彼女は言った。目の前に広がる太平洋に身を投げることが真っ先に浮かんだけれど、彼女の方が一枚上手だった。
 「死ねって言ってるんじゃないよ」

 僕は困ってしまった。愛を証明すること、それも、自分が殺した人間に対する過去の愛を証明することが、いったいどのようにして可能になるのだろうか。

 僕は長い間考えていた。彼女はいつまでも待った。そして僕の結論はこうだった。

 「夕焼けの空。黄橙色から青紫色のグラデーション。二つの色は犬猿の仲とも言える補色同士なのに、夕焼け空だと不思議なことに、互いに溶け合って不可能的なマリアージュを形づくる」
 彼女は空を仰ぎつつ真剣に耳を傾けていた。
 「あれ以来、夕焼けを見るたびに思い出すんだ」

 「そう」
 彼女は夕焼け空から目を離さず、長い時間をかけて僕の言葉を吟味した。
 水平線に沈みゆく太陽の残光が、刹那、翡翠のような緑色に燦めいた。

 彼女はおもむろに立ち上がり、近くにあった岩を持ち上げた。バスケットボールよりも少しばかり大きい岩だった。僕もつられて立ち上がり、彼女と向かい合った。

 「愛しているよ。今も、昔も」

 彼女は返事しなかった。僕は口づけをして、彼女は両手を振り下ろした。