十万人の兵士

 マニラで目にした乞食のことを思い出した。それはある個人というよりは、一つの家族だった。乞食一家は交差点の三角地帯にブルーシートを敷いて住処としていた。ビジュアルさえ適当に整えてしまえばシュールレアリスティックなピクニックに見えなくもなさそうだった。

 乞食の長男(正確には、仮にそれが本当の家族であり、かつ典型的な家族と同じ構成をしていた場合、長男の位置に当たる人物)が僕の方に向かってなにか言葉を発していた。彼が何を言っていたのか、どういうわけか僕は本当に思い出せない。それがタガログ語だったのか英語だったのかすら思い出せない。思い出せないわけだからやはり理解できないタガログ語だろうとも思うけれど、思い出せないものは仕方がない。しばらく前に食べたアイスクリームの味を思い出せないのと同じである。そのせいで僕はアイスクリームが嫌いなのにもかかわらず数ヶ月に一回はアイスクリームを食べてしまう。

 とにかく彼は僕になにかを語りかけ、そして僕はことごとく無視した。彼は粘り強かった。マニラにおいてはアジア人の顔は目立った。格好のカモだと思われたのかもしれない。僕は彼と目さえ――一刹那ですら――合わせなかったのに、彼はとめどなく攻撃を続けた。

 彼の声がやっと止んでからしばらく経ち、僕は気になって三角地帯の方を振り返ってみた。遠くから見るとミニチュアの公園でピクニックをしている感がさらに増した。彼はまだこちらを見ているだろうか。僕はそのことが気になっていたのだ。いずれにせよ、僕は彼にお金を渡さなかったし、彼は僕に危害を加えはしなかったのだから、そんなことを気にしてもしょうがないと言えばそれまでである。しかし僕はその時なぜか立ち尽くしたまま彼の方を凝視した。僕には彼の目が見えた。でも僕は彼の目を見たことすらない。

 僕はその時フィリピンでの一人旅の途中で、イントラムロスを目指して歩いていた。イントラムロスはスペイン人によって建設され、第二次世界大戦アメリカ軍と日本軍の戦いの舞台となった。城壁に登ってみると、その強大さが身に染みて感じられた。絶対に破られはしないという安心感と誇りが、日本人である自分の中に芽生えた。

 その日の夜、僕はカジノに行った。オカダ、という名前の高級カジノリゾートだった。どうして名前がオカダなのか、日本と何かしらの関係があるのか、そこらへんの事情については何もわかなかった。僕はオカダで噴水ショーを眺め、サーカスのパフォーマンスを観て、ルーレットとテキサス・ホールデムで2万円ずつ負けた。それで両替していたフィリピン・ペソが底をついたので、僕はうんざりした気持ちで引き上げなければならなかった。

 ホテルへと戻るグラブ・タクシーの中で、僕は乞食の長男のことを思い出していた。僕は語りかけてくる乞食の長男のことを考え、マニラの戦いで死んた十万人の兵士のことを考え、オカダ・ホテルに宿泊している富豪たちのことを考えた。乞食の長男は何で僕に語りかけてきたのか、十万人の兵士は何のために命を落としたのか、富豪たちは財産と引き換えに何を差し出したのか、これらのことについて僕は考え続けた。どうして乞食の長男は富豪ではなく、富豪は命を捧げる兵士ではなく、僕は乞食の長男ではないのだろう。乞食を無視してイントラムロスを訪れてカジノで大敗した僕は何者なんだろう。考えれば考えるほど、僕はなんだかひどく混乱してしまって、とうとう一つも解決できないまま目的地に着いてしまった。